1. きょうの目的
現代のネット社会について,人びとのあり方(アイデンティティのあり方)や,さまざまな出来事(社会現象や流行,事件など)をネット・コミュニケーション論の視点や文脈から理解するためには,まずはコンピュータやインターネットの歴史を少なからず知っておく必要があります.
2. 計算機からメディアになったコンピュータ
- コンピュータはただの計算機ではない,情報を生み出し,発信し,伝える「メディア」だ
コンピュータ(computer)の歴史はもともとの意味(compute = 計算する)をふまえれば,大量のデータを処理する「電子計算機」として出発しました.
2-1. 軍事利用から始まったコンピュータ
上の画像は世界初のコンピュータだと言われている 1)ENIAC(Electronic Numerical Integrator and Computer)のものです.1946年に米国で公開されました.ENIACは大砲の弾道計算を行うために開発されました.つまり軍事利用のための道具だったのです. 2)この当時のコンピュータは単純な計算作業しかできず,また作業の目的ごとに回路を組み直す必要もあり,コンピュータを使うためには大きなコストが求められました.もちろん個人や企業が気軽に利用できるものはありません.ちなみに現在にコンピュータのようにハードウェアとソフトウェアが分離し,利用の目的ごとにソフトウェアをプログラムする,という考え方を初めて示したのが数学者のジョン・フォン・ノイマンです. 3)
2-2.「ビジネスマシン」としてのコンピュータ
第二次大戦後,米国を中心とする先進諸国が経済を発展させるなか,コンピュータも学術研究や官公庁の業務,大企業のビジネスを円滑にすすめるための,大量の情報処理を行う道具,つまり事務機器としての性格を強めていきます.そして1960年代から80年代にかけて「メインフレーム」と呼ばれる大型コンピュータが登場し,普及していきます.
上の画像はIBM社製の「システム360(System/360)」と呼ばれたメインフレームです.この画像をよく見てください.わたしたちが使っているコンピュータとは全くというほどに姿形が異なっています. 4)画像の中で,椅子に座り作業する人物の目の前にはデスクトップPCと似た機器が設置されています.これ自体はコンピュータではなく,メインフレーム上でプログラムを実行し,作業を行うための端末です.文字情報を映し出すディスプレイとキーボードはありますが,この機器は情報の入出力しか行えません.また当時は高価なメインフレームを多くの利用者で共有して使っていましたから,このような端末が1台のメインフレームにたくさんつながっていました.
このメインフレーム(ホストコンピュータ)を中心に,その配下にたくさんの端末が接続されている,というイメージは初期のコンピュータ・ネットワークのイメージとして広まっていきました.それは(前回の授業で説明した)初期のCMCのイメージでもあったのです.
2-3. 個人のためのコンピュータ=パーソナル・コンピュータの誕生
1970年代にはコンピュータは情報処理の道具として社会のさまざまな場面で活用されていました.そしてコンピュータを個人の道具としても利用したい,という欲求を持つ人びとが現れたとしても不思議はありません.
上の図はゼロックス(Xerox)のパロ・アルト研究所(PARC)で1973年に開発された「Alto」というコンピュータです.これは後に登場するパーソナル・コンピュータの原型とも言われています.一方,同時期にパーソナル・コンピュータをメディアとして構想していた人物としてアラン・ケイがいます.彼の構想は「ダイナブック(Dynabook)」という名称でコンピュータを思考や表現の道具として捉えたものでした.
ケイの「ダイナブック」構想やその後,実際に登場したパーソナル・コンピュータは研究機関や大企業に独占されているメインフレームを,一般のわたしたちの元へ開放する運動であり,その背景には1970年代の米国西海岸の「カウンターカルチャー」や「ヒッピー文化」の存在がありました. 5)
その後,1977年に発売されたアップル社の「Apple II」や1984年発売の「Macintosh」といった製品が登場し,パーソナル・コンピュータはその発展・普及の過程で「パソコン」へと変化していくのです.
上の画像が「Apple II」,下の画像は「Macintosh」です.
2-4. コンピュータの使い勝手=「インターフェース」
ここまではコンピュータの歴史について,簡単ではありますがハードウェアの面からのみ説明してきました.ここではソフトウェアの面も加えて説明します.コンピュータの使い勝手は「インターフェース」と呼ばれる要素に大きく左右されます.コンピュータのインターフェースにはどのようなものがあるでしょうか.
- ディスプレイ
- キーボード
- マウス
すぐに思いつくものはこれぐらいでしょうか.これらはハードウェアの面でのインターフェースと言えそうです.ではソフトウェアにかかわるインターフェースには何があるでしょうか.
- オペレーティングシステム
- ビットマップ
- GUI(Graphical User Interface)
ひとまずはこのあたりのものを挙げておきます.コンピュータの歴史はハードウェア開発の歴史であるとともに,ソフトウェア開発の歴史でもあります.そしてそのいずれにもインターフェースという考え方がかかわっているのです.
例えばディスプレイとキーボードの利用が一般的になるまでコンピュータに情報を入出力するために「パンチカード」「紙テープ」といった媒体を使っていました.そのディスプレイも初期の頃は文字だけしか表示できないものでした.したがってコンピュータでの操作や命令を入力するためには,いくつかのコマンドを組み合わせて行っていました.
コンピュータのハードウェアが進歩することで,ディスプレイ上の点(ビット)を集めて画像を表示できるようになり,これとマウスを組み合わせて「アイコン」や「ウインドウ」を操作できるようになりました(GUI).このおかげでコンピュータの使い勝手=インターフェースは格段に向上したのです.
わたしたちが現在利用しており,生活になくてはならないコンピュータは,ここ半世紀ほどの時間をかけ,科学者や技術者,ブログラマたちのとほうもない努力の結果として,存在しているのです.
ここまで言えることは,コンピュータが単なる計算機に留まっていいたならば,これほどまでにハードウェアやソフトウェアが進化し,インターフェースが向上してくることは無かった,ということです.電子計算機として出発したコンピュータに対して,単なる計算機械以上の価値として,情報の表現・発信・伝達の可能性を見出した人びとの手による開発・発展・普及の歴史があってこそのコンピュータなのです.
3. コンピュータ+ネットワーク技術=「インターネット」
- 第5回に説明する予定です.
4. ネットワークに現れた「コミュニティ」
- 第6回に説明する予定です.
5. まとめ
- コンピュータはメディアである(第4回)
参考文献
- Hillery, G.A.Jr (1955) Definitions of community: Area of agreement. Rural Sociology, 20.
- 川上善郎・川浦康至・池田謙一・古川良治(1993)『電子ネットワーキングの社会心理』誠信書房
- ハワード・ラインゴールド(会津泉訳)(1995)『バーチャル・コミュニティ』三田出版会
- 村井純(1995)『インターネット』岩波新書
- 浜野保樹(1997)『極端に短いインターネットの歴史』晶文社
- 村井純(1998)『インターネット2―次世代への扉』岩波新書
- 加藤晴明(2001)「コンピュータ・コミュニケーションのメディア文化」『メディア文化の社会学』福村出版
- ティム・バーナーズ=リー(高橋徹監訳)(2001)『Webの創成―World Wide Webはいかにして生まれどこに向かうのか』毎日コミュニケーションズ
- ばるぼら(2005)『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』翔泳社
- 山形浩生監修(2006)『あたらしい教科書(9)コンピュータ』プチグラパブリッシング
- 大向一輝・池谷瑠絵(2012)『ウェブらしさを考える本―つながり社会のゆくえ』丸善ライブラリー
- 粉川一郎(2012)「ネット空間の中の私たち」矢田部・山下編『アイデンティティと社会心理』北樹出版
- 杉本達應(2013)「文化としてのコンピュータ―その「柔軟性」はどこからきたのか」飯田豊編『メディア技術史』北樹出版
- 杉本達應(2013)「開かれたネットワーク―インターネットをつくったのは誰か」飯田豊編『メディア技術史』北樹出版
- 粉川一郎(2013)「ネットコミュニティのプロデュース」中橋雄・松本恭幸編『メディアプロデュースの世界』北樹出版
- 村井純(2014)『インターネットの基礎―情報革命を支えるインフラストラクチャー』角川学芸出版
[注]
- ENIACが本当に最初のコンピュータなのか,これには諸説ありますが現在ではこれを否定する説が有力です. ↩
- ENIACは約1万7000本の真空管により構成された機械であり,その重さは30トン近くにのぼったそうです.詳しくは山形(2006, p.32)を参照のこと. ↩
- 彼の業績にちなんで現在のコンピュータのことを「ノイマン型コンピュータ」と呼びます. ↩
- ちょっと古いSF映画やアニメに登場するコンピュータといえば,このメインフレームのことでした.ちなみにS.キューブリック監督『2001年宇宙の旅』に登場する大型コンピュータ「HAL9000」のHALはIBMを一文字ずらして名付けられているそうです. ↩
- 杉本(2013, p.122) ↩