インターネット・コミュニケーション論 第2回(4月15日)


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1. きょうの目的

前回(4月8日)の授業では社会におけるアイデンティティについてメディアとコミュニケーションの関係から説明を試みました.きょうの授業の目的は,現代のネット社会においてインターネットがわたしたちのアイデンティティをどう創り上げていくのか,このことについて説明します.つまり前回の授業の内容を踏まえ,もう少しインターネット(というメディア)寄りの話をします.より具体的な説明を行う,と理解しても構いません.

2. メディア/コミュニケーション/アイデンティティ

2-1. アイデンティティと他者

ここでもういちどアイデンティティとは何か,振り返りましょう.アイデンティティは「ほかから区別されたひとまとまりの自分」が存在する,と説明できます. 1)これは他者の存在を前提としており,他者とのかかわり=関係性において表現し(説明し),位置づけることができるのです. 2)ですから先週の説明で挙げた社会学者のうち,G. H. ミードの主張の方がしっくりくるかもしれません. 3)

ここまで,アイデンティティを創り上げるために他者が必要なことをを説明しました.他者が必要だ,他者の存在を前提とする,とはどういった意味でしょうか.これは(前回の説明を踏まえれば)他者とのコミュニケーションが必要であり,他者とコミュニケーションを積み重ねていくことが前提である,というものです.もちろん他者とコミュニケートするためには,その道具であるメディアが必要であることは言うまでもありません.

ここで話を一挙に転換し,インターネットというメディアを道具として使うネット・コミュニケーションが,わたしたちのアイデンティティをどのように創り上げていくのか,次からはネット・コミュニケーションにおける「名乗り」について説明することで,この問題を考えていきましょう.

2-2. ネット・コミュニケーションの特徴

ネット・コミュニケーションについて社会学や社会心理学ではCMCComputer-Mediated Communication)と呼ぶことがあります. 4)CMCの「C」はコミュニケーションの意味ですからCMCを通じてアイデンティティを創り上げることは可能だろう,と容易に想像できますね.

ではCMCをコミュニケーションの形態・形式の面から考えましょう.日本においてCMCは一般的には1985年頃からパソコン通信という形態で始まりました. 5)その時点から現在までCMCの基本的な特徴として文字を中心としたコミュニケーションである,ということができます.つまり電子化(デジタル化)された文字(テキスト)をコンピュータを媒介にして双方向でやりとりする電子テキスト通信であるのです.もちろん現在のインターネットではさまざまな形で情報を送り合うことができますが,CMCがテキスト中心のコミュニケーションであることは揺らがない事実でしょう. 6)

つづいてCMCをテキスト中心のコミュニケーションと捉えた際に,その特徴をいくつか説明します. 7)

  • 時間と空間の制約を受けない「非同時性・時間差」コミュニケーション
  • 双方向/多方向のコミュニケーション(1×1, 1×n, n×n コミュニケーション)
  • 表現・参加・共有型コミュニケーション(だれでも表現者

これらの特徴と,CMCにおける電子テキストが(1)タイムラグなく送信できて(2)送られてきたテキストを保存したうえ蓄積できる(3)情報としての再利用が可能である,というハードウェア面での特徴ともあわせ,マス・コミュニケーションとパーソナル・コミュニケーションの中間に位置づけられる中間型のコミュニケーションと捉えることが可能でしょう.

CMCがテキスト中心のコミュニケーションである,ということはコミュニケーションでやりとりされるものは単なるテキスト・データでしかありません.特にCMCのメディアであるコンピュータにとっては何らかの意味を持った文字情報ですらなく,それは0と1から構成されるデジタル信号以外の何者でもありません. 8)するとCMCというコミュニケーションを成立させるためには文脈によってそれを成し遂げるほかありません.テキスト中心のCMCにおける「表現の自由」とは「文脈の自由」と言えます. 9)

2-3. CMCにおける「名乗り」とアイデンティティ

さてCMCもコミュニケーションの一形態ですので「コミュニケートするわたし」つまり主体が存在しなくてはなりません.つまりCMCの「送り手」と「受け手」であるわたしたちにはそれぞれアイデンティティを持つはずです.今回の記事の前半で説明したようにアイデンティティはわたしではない他者とのコミュニケーションにより創り上げられます.言い換えるとコミュニケーションにおいて(コミュニケーションの主体である)わたしを他の誰でもない存在として区別する/区別される必要があるのです.この区別の方法のひとつとして「名乗り」があるわけです.つまりCMCにおいてわたしが実名で/顕名(ハンドルネームやニックネーム)で/匿名で名乗ることが,わたしのアイデンティティ形成にとってどういう意味を持つのか,引き続き考えていきましょう.

ここではCMCにおける「名乗り」について6つのパターンに分類します. 10)


  1. 裏づけのある実名
  2. ニックネームだが,裏づけのある実名をシステムで把握
  3. 裏づけのない実名
  4. ニックネームだが,裏づけのない実名をシステムで把握
  5. 完全なニックネーム
  6. 名乗らない

上記の6類型から特徴的なものを取り上げますと,1.2. はかつての主要なCMCであるパソコン通信において特徴的な名乗り方と言えるでしょう.かつて(1980年代後半から90年代前半ごろ)パソコン通信の電子掲示板(BBS, Bulletin-Board System)では,ニックネーム(ハンドルネーム)で名乗りながら他者とコミュニケートするという形態が一般的だったのです.ただし個々のニックネーム(ハンドルネーム)が本当は誰であるのか,その実名をシステム側で(パソコン通信のホスト側で)きちんと把握しておりました11)ここで留意しておくことは,CMCでの名乗りをニックネーム(ハンドルネーム)という仮のものを使うため,オンライン上(ネット上)のわたしとオフライン上(現実世界)でのわたしとが非連続であるということです.

また4. は現在のみなさんにとってソーシャルメディアの利用を通じて馴染みのあるCMCということができるでしょう.ソーシャルメディアは現実世界の人間関係の一種の写し絵のような面がありますので,たとえCMCではニックネーム(ハンドルネーム)を名乗っていても他者からはその実名を把握しやすいものである一方で,その実名が本人であるか(本人が名乗っているか)確証が得られない(システム側も確実に把握できない/把握しない)ため,オンライン上とオフライン上のわたしは一応の連続性を保持しつつも,同一ではない(同一である保証はない)状態でもあるのです.

最後に6. ですがこれはインターネットの匿名掲示板を想定すればよいでしょう. 12)通常,コミュニケーションにおいて「誰がメッセージを発したのか」は非常に大きな要素となります.「誰が」コミュニケーションの主体なのか(送り手なのか)がコミュニケーションの成立を左右する場合もあるのです.そうするとCMCにおいて「名乗らない」コミュニケーションというのはテキストだけがメッセージとしてネット上を行き交うことになり,ネット上のわたしが存在しないような感覚でもあります.したがってオンライン上のわたしとオフライン上のわたしが非常に近い関係である(連続してもないし,同一でもない)と言えるでしょう.

3. まとめ

わたしのアイデンティティを創り上げるためには他者とわたしを区別する/区別される必要があり,そのためにコミュニケーションおいて「名乗り」をどうやるか,ネット・コミュニケーション全般を考えるうえでもこれは非常に重要な問題だと言えます.

文字情報に加え,文字以外の情報(非言語的情報)も交えてコミュニケートする場合と異なりCMCは(基本的に)テキスト情報のやりとりが中心となるコミュニケーションの形態であります.

したがってCMCを成立させるため,わたしたちは非常に高い文脈依存(ハイ・コンテクスト)にならざるを得ない一方で,どのように名乗るかもCMCの成立を大きく左右しています.あるいはCMCにおいて情報がどう伝わり,解釈され,評価されるか,そのことに大きな影響を与えているとも言えるのです.

そういう意味では,オンライン上の「わたし」というアイデンティティは,たとえそれがオフライン(現実世界)と連続している/連続してない,あるいは同一である/同一ではないことを問わず,名乗り方によっていかようにも創り上げることができるわけです.

次回の授業ではCMCにおいて名乗ることにより創り上げられるアイデンティティをネット人格と捉え, 13)継続的に名乗っていくのか(その名乗りに継続性があるのか)どうかが,CMCによるアイデンティティ形成や維持にどう関わってくるのか,さらには,そのような(ネット上のわたしたちである)アイデンティティが集合した状態,つまりネット・コミュニテイ(オンライン・コミュニティ)をどう捉えていけばよいのか.これらのことについて考えていきましょう.

参考文献

  • 加藤晴明(2001)「コンピュータ・コミュニケーションのメディア文化」『メディア文化の社会学』福村出版
  • 矢田部圭佑(2012)「私としての私」矢田部・山下玲子編『アイデンティティと社会心理』北樹出版
  • 粉川一郎(2012)「ネット空間の中の私たち」矢田部・山下編『アイデンティティと社会心理』北樹出版
  • 映画『(ハル)』(森田芳光監督,1996年公開)Wikipedia
  • 映画『電車男』(村上正典監督,2005年公開)Wikipedia

[注]

  1. 矢田部(2012)p.3
  2. 矢田部(2012)p.4
  3. 「一般化された他者」の役割を自分の内面を取り込み,他者との関係で自分を表現し,位置づける.そうしてアイデンティティを創り上げる.
  4. ここで “Computer” にデスクトップ/ノートPCだけでなく,スマートフォンやタブレットPCといったモバイル機器などインターネットに接続できるあらゆる機器を含めておきます.
  5. パソコン通信は現在ではほぼ廃れてしまった形態であり,わたしたちになじみあるインターネットとは発展の歴史や技術面で大きな相違があるのですが,このことについて別の授業回であらためて説明します.
  6. 一見,テキストからは遠いコミュニケーションの場であるニコニコ動画であっても(だからこそ?)テキストである「弾幕」がユーザ同士のコミュニケーションに対して重要な意味を持っていることは,CMCにおけるテキストの重要性を示すわかりやすい例でしょう.
  7. 加藤(2001)p.102
  8. 他の形態のコミュニケーションと異なりCMCはテキストのみでやりとりします.これは「社会的手がかり(social cue)」が欠如した状態となります.
  9. 実際には自分が相手に伝えたい情報を,なるべく上手く伝わるように言葉や文法の使い方に注意を払っています.CMCを成立させる秘訣のひとつはこの「行間を読む(読ませる)」ことにあると言ってもよいでしょう.
  10. 粉川(2012)p.120
  11. パソコン通信の掲示板について,映画『(ハル)』にその雰囲気がわかりやすく描かれています.
  12. たとえば「2ちゃんねる」.映画『電車男』を観ることでその雰囲気を一端を知ることができます.
  13. 粉川(2012)p.123

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