何のために書かせるのか


先日目にした渡邊先生(@ynabe39)のこのツイート.

ライティング教育を担うはしくれとしてはウッとくる発言なのですが.ライティング教育とはつまるところ技術を教える/学ぶことだと思います.そのための教授法というのはさまざな手法が開発され,さまざまな形で実践されているわけです(いま話題のアクティブ・ラーニングも含めて).

ただし技術でしかないのも事実ですから.ライティング技術を学び,習得するうえで「なぜ」を常に意識しないと(意識させないと)学んだ技術も宝の持ち腐れ,それどころかきちんと身につかないことも起こりえます.

この「なぜ」に対する共通した回答は無くて(「授業で学んだ成果としてレポートという形態で論理的に考え,アウトプットするのだ」とぐらいは言えそうですが)それぞれの学問領域,より具体的にいえばレポートの書き手が履修している授業(講義や演習・実習)によって異なる「回答」が存在するのでしょう.

月並みな表現ですが,レポートを書く(書かせる)のは「なぜ」か.それは授業における学習目標(到達目標)がまず最初にあり,その目標に到達できたかどうかを測定する一つの手段であるからです. 1)したがって教師は自分が担当する授業の中でレポートを課す際に同時に「なぜ」も説明できないといけないわけです.とはいえ自己反省もふまえていえばあまり気にせずに気軽に課題として出してしまうことがままあるように思えます. 2)

そこで私が考えるのは,こういった「なぜ」を学生たちに(学問領域や,もっと具体的には所属する学部・学科のカリキュラムにそって)適切に伝える役目の教師という存在もまた必要ではないか,と.そしてそういった教師は一方でライティング教育の専門家として教育(スキル教育)にあたる存在でもある,と.それは単純に初年次教育の担当者,といったものではなくなんというか上手く表現できませんが科学コミュニケーターのような存在ではないかと思うのです. 3)

さらに想像するに仮に大学にとってこういった存在が必要とされるとして,それはそれぞれの学問領域について精通しており,かつライティング技法について教育工学的な能力も兼ね備えた人であるわけですね. 4)たぶん(自分の狭い記憶の中では)こういった役割を担う大学教師というのはあまり(ほとんど?)存在しないような....そうでもないかな.

以上,ライティング教育(初年次教育科目あるいはスタディスキル系科目)と専門教育(専門科目)の接続についてツラツラと考えたことでした.


[追記]

上記で考えたいたことを,適切に理解できる論文がありました.いやあ自分が思いついたことは大抵どなたかが先に思いついて文章化してるもんですね...

  • 成瀬尚志(2015)「レポート評価において求められるオリジナリティと論題の設定について」『長崎外大論叢』(18)pp. 99-107

本文はコチラから.

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[注]

  1. だからこそレポート評価においてどのようにルーブリックを作成し評価するのか,教師は悩みもがくわけですが.
  2. 私だけかもしれませんが...
  3. これは私の理解不足もあるでしょうから,本職の人がこれを読んでも怒らないでください.
  4. スーパー大学教師みたいな.