情報人類学 第5回(5月14日)


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第4回(5月7日)から第6回(5月21日)までは「メディアとしてのインターネット」をテーマに話を進めていきます.キーワードはコンピュータの歴史/ネットワーク技術/オンライン・コミュニティなど,です.

1. きょうの目的

現代のネット社会について,人びとのあり方(アイデンティティのあり方)や,さまざまな出来事(社会現象や流行,事件など)をネット・コミュニケーション論の視点や文脈から理解するためには,まずはコンピュータやインターネットの歴史を少なからず知っておく必要があります.今回は前回に引き続き,インターネットの歴史編です.

2. コンピュータ+ネットワーク技術=「インターネット」

ここまでわかったことは,「メインフレーム」と呼ばれる大型コンピュータの時代から「パーソナル・コンピュータ」の登場まで,コンピュータはネットワークにつなげて使うものという考え方が通奏低音としてあった,ということです.つまりわたしたちはここ半世紀の間,常にコンピュータをお互いにつなげようと様々なアイデアを考え,技術を開発してきたのでした.

2-1. インターネット開発・発展は軍事利用目的だったのか

インターネットの原型となるコンピュータ・ネットワークは,米国国防総省高等研究計画局(Advanced Research Projects Agency)が中心となったプロジェクトにより,1969年に生み出された「ARPANET」(アーパネット)だと言われています.そのため「インターネットは軍事利用のために開発された」という定説が広く信じられていましたが,現在では学術研究のために全米に点在する,高機能な大型コンピュータを共有する目標があったという説が正しいとされています. 1)ARPANETからインターネットに至るまで,その設計思想(コンピュータ・ネットワークに対する基本的な考え方)は次のものだと言われています.

  • 自律・分散型ネットワーク
  • パケット通信方式と「TCP/IP
  • オープン・ネットワーク

2-2. 自律・分散型ネットワーク

中央集権型と分散型ネットワークのモデル図(出典:杉本(2013))


インターネットはその原型であるARPANETの時代から,限りある資源としてコンピュータを有効に活用しようという,またネットワークを通じて効率的な情報通信を行おう,という発想のもとに開発が続けれられました.そのような理由からインターネットでは,それぞれのコンピュータやネットワークが自律しつつ相互に接続されています.したがって「メインフレーム」と端末の関係のように中央集権的ではなく,それぞれのネットワークが分散された形となっています.

2-3. パケット通信方式とTCP/IP

インターネットは全体をコントロールする主体が存在しない分散型ネットワークのため,ある場所(コンピュータ)から別の場所まで情報を運ぶ上で常に効率性を考慮しています.したがって運ぼうとする(通信しようとする)情報を小分けに分割することで効率性を確保しています.この小分けにされた情報を「パケット」と呼び,この通信方式を「パケット通信」と呼びます. 2)このパケット通信方式は後の時代(1982年)に「TCP/IP」というプロトコル(通信手順)としてインターネット上で標準化されました.つまりインターネットに接続する全ての情報機器がこのプロトコルを利用しているのです. 3)

2-4. オープン・ネットワーク

インターネットは中央集権型,分散型のコンピュータ・ネットワークです.ARPANETの時代は軍事目的・利用の性格が強いものでしたが,全米科学財団(NSF)の支援のもと学術研究での利用を主目的とする「NSFNET」が1984年に登場するに至り,ほぼ現在のインターネットに近いコンピュータ・ネットワークが構築されたました.

インターネットは「オープン・ネットワーク」だと言われます.これはインターネット上で標準化されているプロトコルを利用すれば誰でも(どんな組織でも)そこに参加することができます.逆に言えば,お互いに異なるハードウェアを持つコンピュータや,さまざまなOSやソフトウェアを通じてネットワークに接続するためには,そのための手順(プロトコル)が開かれた(オープンな)ものである必要があったのです.

1970年代から1980年代にかけて,多くのコンピュータやネットワークがインターネットへ接続され始めました.そうするとコンピュータを情報伝達の道具として利用したいという欲求がネットワークの利用者のあいだに起こってきます.インターネットは「オープン」なので誰でもが新しいプロトコルやプログラムを提案することができます.その中から今日のわたしたちも利用している,電子メールやファイル転送,そしてWWW(Wolrd Wide Web, ウエブ)の仕組みが構築されていったのです.

このように長いようで短い時間が過ぎていき,インターネットはコミュニケーショの道具=メディアとして認知されていきます.またこのインターネットの性格,あり方がさらに多くに利用者を増やしていったのだとも言えます.インターネットがコミュニケーショ・メディアとして利用されるようになると,そこに人びとをつなげる「居場所」がたくさん作られるようになりました. 4)つまりインターネット上に「コミュニティ」が現れ始めたのです.

3. ネットワークに現れた「コミュニティ」

3-1. ネットワークにおけるコミュニケーション技術の開発と「居場所」の出現

ARPANET誕生後,そこにたくさんのコンピュータが接続されるなかで,コンピュータ・ネットワークは人びとをつなげるメディアである,という発想(思想)のもとに技術/ソフトウェア開発が進んでいきます. 5)

  • 電子メールプログラム(1971年)/telnet(遠隔地のコンピュータを操作する)プロトコル(1972年)/ファイル転送プロトコル(1973年)
  • 当初は科学者やプログラム開発者など,ごく限られた一部の人びとのみが参加
  • お互いがつながる居場所を作り,そこを「コミュニティ」と考え始めた

ここにコンピュータ・ネットワーク上にコミュニティ=オンライン・コミュニティが登場しました.ARPANETが稼働し始めてから数年後の出来事です.またこれらのコミュニケーション技術の開発には「RFC」という文書の存在が欠かせませんでした.あるいはRFCおよびそれを作り支える仕組みが「コミュニティ」のあり方と親和的だったと言えるかもしれません.

3-2. 拡大するオンライン・コミュニティ

インターネット上のコミュニティの拡大と深化

いったんネットワーク上にコミュニティが登場すると,その利便性や面白さにひかれた人びとが集まりだします.インターネットにはさまざまな性格のオンライン・コミュニティが数多く生まれます.つまりオンライン・コミュニティという存在が拡大していったのです.

  • 世界初の電子メールを利用したコミュニティ(ML, メーリングリスト)はSFマニアのためのもの(1979年)
  • USENETの誕生:議論(ディスカッション)の場所としてのニュースグループ(ネットニュース)(1984年)

日本でのインターネットの展開は,1984年に3大学(東大,慶應大,東工大)を接続して始まった「JUNET」を嚆矢とします.日本のインターネット上にもメーリングリストやネットニュースを中心としたオンライン・コミュニティが登場,展開していきました.

  • 米国や日本のインターネット上では原則的に実名で利用する文化が形成されていた
  • インターネットが学術利用という目的のもとに発展していった歴史的な経緯
  • インターネット(とその文化)の発展に寄与しようという「思想」がはっきりと現れていた空間
  • インターネットを「市民的公共圏」として議論する方向性

「もうひとつの」オンライン・コミュニティ=パソコン通信

インターネットの開発・発展の歴史と並行する形で「パソコン通信」という形態のコンピュータ・ネットワークが存在していた.分散型ネットワークのインターネットとは異なり,どちらかといえば中央集権型のコンピュータ・ネットワークであった.インターネットが普及する(1990年代中期)以前まではコンピュータ・ネットワークを利用する「手軽な」手段として普及していった.

  • パソコン通信は1970年代末より米国で先行して展開された
  • 米国西海岸のカウンターカルチャーを出自とする「WELL」の誕生(1985年)
  • 「商用」パソコン通信サービスの最大手である「CompuServe」
  • 日本でも数年の遅れで1985年以降(NTTの発足/電気通信の自由化)に普及し始めた
  • 大手商用パソコン通信サービス(NIFTY-Serve, PC-VANなど)と個人運営の「草の根BBS」
  • 実名制よりも顕名制(ハンドルネームの利用)が中心
  • インターネットのコミュニティより自己充足的,遊戯性の高いコミュニケーション空間

3-3. インターネット・コミュニティの誕生

オンライン・コミュニティについて考えるとき,日米両国においてインターネットとパソコン通信という2つの歴史的な流れがあったことがわかります.この2つの流れは1990年代初期にインターネットの商用利用が許可された後に合流していくことになります.実際にはパソコン通信をインターネット上のコミュニティが飲み込んでいったと言えるのですが,パソコン通信のコミュニティで形成されていたさまざまな「文化」は,その後のインターネット上のコミュニティにおいてもしっかりと生き残っていったと考えることができるでしょう.

4. まとめ

  • (第4回)コンピュータは初め「計算機」として開発されたが,わたしたちの社会へと普及していく過程で,その可能性に気づいた研究者や技術者たちが「メディア」としての意味を与えた.
  • (第5回)オンライン・コミュニティはインターネットの誕生とともに現れ,それはわたしたちの「居場所」として機能した.一方でパソコン通信という(インターネットとは異なる)コンピュータ・ネットワーク上にも多くのコミュニティが形成された.それぞれが異なる文化を持ちながら最終的にはひとつに統合されることで多様性をもったオンライン・コミュニティのあり方が生まれた.

参考文献

  • Hillery, G.A.Jr (1955) Definitions of community: Area of agreement. Rural Sociology, 20.
  • 川上善郎・川浦康至・池田謙一・古川良治(1993)『電子ネットワーキングの社会心理』誠信書房
  • ハワード・ラインゴールド(会津泉訳)(1995)『バーチャル・コミュニティ』三田出版会
  • 村井純(1995)『インターネット』岩波新書
  • 浜野保樹(1997)『極端に短いインターネットの歴史』晶文社
  • 村井純(1998)『インターネット2―次世代への扉』岩波新書
  • 加藤晴明(2001)「コンピュータ・コミュニケーションのメディア文化」『メディア文化の社会学』福村出版
  • 喜多千草(2003)『インターネットの思想史』青土社
  • ティム・バーナーズ=リー(高橋徹監訳)(2001)『Webの創成―World Wide Webはいかにして生まれどこに向かうのか』毎日コミュニケーションズ
  • ばるぼら(2005)『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』翔泳社
  • 山形浩生監修(2006)『あたらしい教科書(9)コンピュータ』プチグラパブリッシング
  • 三浦麻子(2008)「インターネット革命―私たちのコミュニケーションを変えたもの」橋元良明編著『メディア・コミュニケーション学』大修館書店
  • 大向一輝・池谷瑠絵(2012)『ウェブらしさを考える本―つながり社会のゆくえ』丸善ライブラリー
  • 粉川一郎(2012)「ネット空間の中の私たち」矢田部・山下編『アイデンティティと社会心理』北樹出版
  • 杉本達應(2013)「文化としてのコンピュータ―その「柔軟性」はどこからきたのか」飯田豊編『メディア技術史』北樹出版
  • 杉本達應(2013)「開かれたネットワーク―インターネットをつくったのは誰か」飯田豊編『メディア技術史』北樹出版
  • 粉川一郎(2013)「ネットコミュニティのプロデュース」中橋雄・松本恭幸編『メディアプロデュースの世界』北樹出版
  • 村井純(2014)『インターネットの基礎―情報革命を支えるインフラストラクチャー』角川学芸出版

[注]

  1. インターネットにおける開発の歴史と思想的な背景として当時の冷戦体制が色濃く影響していたのかどうか,すなわちインターネットは軍事利用を目的として開発がスタートしたのか否か,については喜多(2003)の研究で具体的に論じられています.またWikipedia「ARPANET」の項目でも信頼できる説明が詳しく記述されております.
  2. 杉本(2013, p.132)
  3. インターネット上ではそこに参加しているわたしたちが,どのようなプロトコルを利用するのか,といった事柄を含めて基本的には合議(ディスカッション)を繰り返して決めていきます.この民主的なやり方のおかげでインターネットは世界的規模のコンピュータ・ネットワークへと発展していったと言えます.
  4. 三浦(2008, p.88)
  5. 三浦(2008, p.87)

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