世界じゃそれを知識と呼ぶんだぜ?


子どもたちが情報をまったく追わなくなったとは思いませんが、ことさら情報を探しに行っている感覚はないのかもしれません。「知識がクラウド化している」というか、すぐ手近にある感覚というか。下手をすれば「(知りたいことはネットですぐわかるのに)なんで勉強をしなくちゃいけないの?」と言い出さないとも限らない。単に調べれば済むことならばそれでよいのかもしれませんが、答えの出にくい問いに対して「考え抜く」という経験が手薄になるのだとしたら、それはちょっと気になりますね。

情報源: デジタルツールが子どもの個性を伸ばす!? | ひらけ、みらい。生活総研

「知識」がクラウド化しているのではなく、個々につながりが弱くあるいはつながりの無い「情報」ならばクラウド上に無数に存在しているわけで。

そういった情報をどのようにつなげ、組合せ、活用できるのか、そういったスキルも含めたリテラシーが「知識」なんじゃないの?